群馬大学荒牧キャンパスの桜        .
 
 
 
法を学ぶ
 
 
 「法律学は法律の条文やその解釈を覚えるものだ」と思っている人は多いのではないでしょうか。でも,それは誤解です。法律の条文や解釈を覚える必要はありません。
 
 では,法学=法を学ぶとは,何をすることなのでしょうか。まず,それを考える前提として,法の役割を確かめておきましょう。
 
 「法」あるいは「法律」というと,「自分たちの生活とは関係ないもの」というイメージがありそうです。確かに,日常生活の中で法律を意識することはあまりないかもしれません。でも,意識しないだけのことであって,例えば,学校教育も医療も,消費税の徴収も年金の支給も,会社の運営もそこで働く人の処遇も,みんな法律に基づいて行なわれています。今の社会は法律抜きに成り立たないし,法律のよしあしが私たちの生活を左右します。
 
 したがって,まずは,こう考えることができます。法を学ぶとは,実は,法を通して社会を学ぶことなのだと。つまり,現代の社会のしくみを考えるときに,法という切り口から,言い換えると法を手がかりとして,対象に迫るのです。経済学ならば経済という切り口から,政治学ならば政治という切り口から,社会学ならば社会という切り口から,現代社会という対象に迫っていきます。このような隣接諸科学との共同作業を通じて,現代社会のしくみを解き明かし,よりよい社会の構築をめざす−これが法学の役割です。
 
 また,こうも言えます。法律とは「誰もが自分らしく生きられる社会をつくる道具」であり,法律を学ぶことは「その道具の使いこなし方を身につけること,その道具の改良策を考えることである」と。もっともその一方で,権力者は法律を「人々を支配する道具」として使おうとします。だから,法律を支配の道具に変質させないことが必要です。法律を学ぶことは,法律に本来の意味を果たさせるという重要な意味をもっています。
 
 「人間は自由なものとして生まれた,しかしいたるところで鎖につながれている」とルソーは『社会契約論』で書きました。人間は,自分の生き方を自分で決めることができてはじめて「自由だ」と言えるのではないでしょうか。その「自由」を確保するのが法律と法学の役割なのです。
 
 このようにみてくると,法が現実の社会でどのような役割を果たしているのか,そして果たすべきなのかを考えることには,大きな意味があるとわかります。そうすることによって,法に縛られるのではなく,法を使いこなして生きやすい社会を創っていく道筋がみえてくるでしょう。
 
 法を学ぶとは,以上のような視点に立って,今ある法律の規定をどう理解すべきか考えること(解釈論),そしてどのような法律を作るべきかを考えること(立法論)です。大切なのは,よりよい未来を展望することです。法律の条文を暗記することや既存の解釈を暗記することに意味はありません。
 
 
* 以上の話は,基本的な考え方です。具体的な中身については,授業のページ卒業論文のページをご覧ください。
 
 



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