4. キャプテン・クック・カントリー・ツアー

 ここでは,『キャプテン・クック・カントリー・ツアー』のガイドブック( Captain Cook Tourism Association, 1994)をもとに,「キャプテン・クック・カントリー」についてみていく。

 「キャプテン・クック・カントリー」とは,第2図に示すように,ミドルズブラの郊外にあるマートンからホイットビーまでの東西にわたる地域に創造された観光のための空間である。その経路は,クックの生誕地マートンを出発し,学校に通ったグレート・エイトン,年季奉公にでたステイズズ,水夫生活を始めたホイットビーを訪ねて,ノース・ヨーク・ムーアズ国立公園の自然のなかを回るようになっている。つまり,クックが子ども時代・青年時代を過ごした過程をたどるように,距離にして 113kmの経路が設定されているのである。

 第2図 キャプテン・クック・カントリー・ツアーの経路

 マートンでは,キャプテン・クック博物館と彼の生まれたコテージの跡をみる。ちなみに彼の生家はオーストラリアのメルボルンに1934年に移築された。そしてグレート・エイトンでは,彼が8歳の時から通った学校がスクールルーム博物館となっている。そこから足を伸ばせば,農場管理人の父とともに住み込んだ農場や1827年に建てられたクックのモニュメントをめぐる 6.4kmの遊歩道がある。その「クックの少年期の遊歩道」で,わたしたちは,彼の跡をたどり,彼が観察した光景をじっくり眺めることができるのである。ステイズズでクックが勤めた食料品雑貨商は,漁業の盛んなこの港町で重要な役割を果たしていた。ここで彼は海と水夫にまつわるたくさんの話を聞き,海への関心を高めた。その店は浸食によって海に落ちたのだが,それを引き上げた材料が使われているという「クックのコテージ」がみられる。またキャプテン・クック&ステイズズ・ヘリテージ・センターでは,1745年当時の街並みが再現されている。

 クックが船員生活を始めたホイットビーは,街を北流するエスク川西部で19世紀半ばから海浜リゾート地の開発が進められた。そのリゾート地から旧市街を見渡す高台に,クックの銅像がある(写真5)。一方,エスク川東部の高台には11世紀建立のホイットビー寺院の廃墟と聖メアリー教会が建っている(写真6)。クックが街から聖メアリー教会に通うため登った 199段の石段は,今も登る価値のあるものとされている。そしてクックは,1746年から49年にかけて,ジョン・ウォーカーという船主の住居兼事務所の4階の屋根裏部屋で他の徒弟とともに寝起きして,木造帆船で石炭をテムズまで運ぶ仕事に従事しつつ,航海の技術を習得したのである。


写真5

 
写真6


 ジョン・ウォーカーの家は,現在,キャプテン・クック記念博物館として一般に公開されている(写真7)。この博物館には当時の調度品を再現した部屋や,ジョン・ウォーカーに宛てたクックの手紙,3回にわたる航海の記録などが展示されている。この建物は埠頭に面して,裏庭から船で出られるようになっており,18世紀の船主の建物の典型例でもある(写真8)。このほかホイットビー博物館でもクックに関連した展示がみられる。そしてホイットビーはクックの世界周航に使われたエンデバー号をはじめとした4隻の帆船を建造したところでもあり,赤い屋根のコテージが立ち並び,多くの船が係留されている風景は,彼の活躍した18世紀の港町の雰囲気を想起させてくれる。

写真7

 
写真8

  

 そしてホイットビーからマートンまではムーア(ヒースで被われた荒れ野)の雄大な自然と魅力的な村々をもつエスク渓谷に沿って進み,ツアーを終えるようになっている。こうしてキャプテン・クック・カントリーのツアー客となれば,「イギリスで最も有名な海の男・探検家の人生をたどる」発見の旅を楽しむことができるのである。

 「キャプテン・クック・カントリー」という空間は,こうしたクックの足跡に加えて,「カントリーサイドの大半は数百年,あるいは数千年にわたって変わらない。あなたはクックが子ども時代に家の周辺のカントリーサイドを探検したときに見た同じ眺めを共有できます」というコピーにあるように,古きよき時代のカントリーサイドのイメージを喚起することによって,さらに価値づけられているのである。

5. キャプテン・クックというテーマの意味

 クックの航海は,幻の南方大陸と北西航路の存在を否定し,一方で植民地経営の可能な地を発見した。それとともに,当時ロンドンでは,クックの航海日誌はベストセラーになり,多くの動植物の新種が紹介され,南海の島々,とくにタヒチの楽園のイメージは自分たちの文化を再考する契機を与えたのである(ウィルフォード, 1988)。それに対し,今日のキャプテン・クックをテーマにしたツーリズムはいかなる意味をもつのだろうか。

 まず上述の観光アトラクションがどの程度の集客力をもっているのか,1996年のデータを記しておきたい(BTA/ETB/NITB/STB/WTB, 1997)。生誕地にあるキャプテン・クック博物館が 9.5万人,ホイットビーのキャプテン・クック記念博物館が 1.7万人,ホイットビー博物館が 1.8万人,ホイットビー寺院が11.5万人,聖メアリー教会が14.3万人となっている。ホイットビーにある博物館では,ライフボート博物館のほうが約10万人とクック関連のものより入場者が多い。またキャプテン・クック・スクールルーム博物館とキャプテン・クック&ステイズズ・ヘリテージ・センターの入場者は,統計に記載がないので1万人以下と考えられる。一方,国立公園内のアトラクションでは,ライデイル民俗博物館が 5.0万人,ムーアズ・センターが11.4万人,ノース・ヨークシャー・ムーアズ鉄道が28.1万人となっている。最後のものはイギリスの観光用蒸気機関車が走る鉄道のなかでも最も多くの客を集めている。

 以上のように,クックをテーマにしたアトラクションは,この地域のなかで必ずしも大きな集客力をもっているわけではない。カントリー・ツアーも,車で回ることが前提となっており,駐車場などの受け入れ能力からみてもマス・ツーリズムを想定していないことがわかる。いわば旅行通のためのツアーとして設定されているといえる。

 この地域では,19世紀に鉄道の発達とともに,ホイットビーやスカーバラといった海浜リゾート地が発達した。20世紀前半にはムーアでの野外レクリエーションが盛んになり,1952年にノース・ヨーク・ムーアズ国立公園が成立した。そして今日では,国立公園への来訪客が毎年1000万を超えるようになっている。農業や鉱業が不振であるなか,ツーリズムの地域経済に与える効果は大きく,それは重要な産業となっている(Spratt, D.A. and Harrison, B.J.D., 1996)。一方,イギリス全体でも博物館や歴史的建造物を活かしたツーリズムは大きな位置を占めるようになっている(Foley, 1996)。そうした背景のなかで「キャプテン・クック・カントリー」が創造されたといえる。

 クックの足跡にロマンを感じるのは,植民地主義を押し進めた側の人々であって,植民地化された人々の側では決してない。それは,エンデバー号の複製の建造がイギリスの流刑植民地となった 200周年にオーストラリアで具体化したこと,エンデバー号の複製やクックの博物館の見学者に非ヨーロッパ系移民と思われる人々がみられないことからも感じられる。このテーマを楽しむには文化的コンテクストを共有していることが必要なのである。

 ツーリストの来訪を望む立場に立てば,時間・金銭の余裕のある層を集客することが市場原理からすれば当然である。その意味で,クックの足跡は,「ロマン主義的なまなざし」(Urry, 1990)をもち,情報に敏感でテーマの追求にこだわりをもつツーリストにとっては魅力的なものである。そして,彼らは望まれる客層といえるであろう。

[参考文献]

 ウィルフォード, J.N., 鈴木主税訳 (1988) :『地図を作った人々−古代から現代にいたる地図制作の偉大な物語−』河出書房新社, 561p.
 西村孝彦 (1997) :『文明と景観』地人書房, 277p.
 BTA/ETB/NITB/STB/WTB (1997) :Visits to Tourist Attractions 1996.BTA/ETB Research Services, 71p.
 Captain Cook Tourism Association ed.(1994) :Captain Cook Country Tour.20p.
 Foley, M. (1996) :Cultural tourism in the United Kingdom. in Richards, G. ed.: Cultural tourism in Europe. Wallingford: Cab Internationl, 283-309.
 Hedges, A.A.C. (1983) :The voyages of Captain James Cook.Norwich: Jarrold Publishing, 32p.
 Macarthur, A and Longley, J. (1997) :Endeavour.Hadlow: Addax Retail Publishing, 32p.
 Spratt, D.A. and Harrison, B.J.D. ed. (1996) :The North York Moors: Landscape Heritage.The North York Moors National Park, 232p.
 Urry, J. (1990) :The tourist gaze: leisure and travel in contemporary societies.London: Sage Publications, 176p. [加太宏邦訳 (1995) 『観光のまなざし−現代社会におけるレジャーと旅行−』法政大学出版局].
 Urry, J. (1995) :Consuming places.London: Routledge, 257p.



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