5. テーマ・パーク化されるカントリーサイド

 サービス階級は、主要な保護組織の会員であるとともにカントリーサイドの使用者でもある。健康なライフスタイルを追求する彼らに、カントリーサイドは健康な活動のための場所を提供するという重要な役割を果たす。それと同時に、カントリーサイドは、メディアへの関心が高いサービス階級を格好の対象として、宣伝材料に使われる。イギリスでは、先述の「ハーディ・カントリー」のほかにも「シェークスピア・カントリー」、「ブロンテ・カントリー」、「コンスタブル・カントリー」、「キャプテン・クック・カントリー」21)といった過去の文化遺産を利用した観光のための空間が創造されている。

 ここでは「ロビン・フッド・カントリー」を題材に、その実態を考察しよう。ロビン・フッドはいうまでもなく、シャーウッドの森を仲間とともに支配し、ノッティンガムの悪代官や横暴な貴族・僧侶から金品を奪い、貧者に施した義賊、民衆の英雄である。ロビン・フッドの伝承と森をめぐる文化史については川崎寿彦の『森のイングランド』で議論されている22)。それによれば、ロビン・フッドの伝承のなかの出来事は13世紀の史実と関連が強く、14世紀後半にバラッドとして流布し、それに加えて民衆劇、戯曲、小説とさまざまな形で継承された。そのロビン・フッド像には、王室によって狩猟用に囲い込まれたフォレスト(御猟林)、あるいは森林全体の変化とも関係して、民衆の願望が反映されたという。

 ロビン・フッドが実在したか架空であるかは、ここでは関係ない。ロビン・フッドの活躍した場という意味を付与された空間が、ツーリストを惹きつけるかどうかが問題なのだ。その主要な舞台であるシャーウッドの森は、かつてのロイヤル・フォレストで、中世にはノッティンガムシャーの四分の一を占め、ノッティンガムからワークソプの南部までの範囲に広がっていた。しかし、17世紀以降、開墾や囲い込みの進行によって森林は破壊された23)。さらに採炭地の開発、都市化の進行によって縮小し、現存する森林は、第2図に示したように、ワークソプ南方に散在的にみられるにすぎない。ただし、フォレストはシカ狩りのために囲い込まれた土地であり、日本の森のイメージでは捉えられない。実際、シャーウッドはヒースが主体だったらしい24)。現在ヒースはまったくと言っていいほどみられないので、むしろこの変化のほうが大きかったというべきかもしれない。

 「ロビン・フッド・カントリー」はノッティンガムシャー全域からなり、地方自治体によって観光宣伝のために創出されたことは明瞭である。自治体の観光課のパンフレットには、ロビン・フッド伝説に関連する観光のポイントとして、「シャーウッド・フォレスト・カントリー・パークとビジター・センター」、「ロビン・フッドの世界」、「ロビン・フッドの物語」をあげる。

 「シャーウッド・フォレスト・カントリー・パーク」は、ロビン・フッド伝説の心臓部であり、「古来のオークと光ゆらめくシラカバ」からなる180haの公園である。そのなかで必見とされるのが「ロビンの好きな木の隠れ家」‘メイジャー・オーク’である。このオークは樹齢400年から650年と推定されており25)、ロビンの活躍した時代とは合わない。近くの案内板にもそのことは表記されている。そして写真7にあるように樹勢には衰えが感じられ、多くの添木で支えられ、柵で囲われている。にもかかわらず、このオークの荘厳な雰囲気に、ロビンの活躍した舞台が重ねるられるのである。オークの木そのものも、イギリスでは森の王として位置づけられ、ロマン主義派の人々にとりわけ賞賛されたので26)、そこに視点を合わせてこの木をながめることも可能であろう。

 ビジター・センターには、ロビン・フッド伝説とシャーウッドの森の歴史・自然に関する解説展示があり、売店にはロビン・フッド・グッズが並んでいる。そしてビジター・センターの前には、ロビン・フッドとリトル・ジョンの出会いのシーンが再現されている(写真8)。ここでの最も大きなイベントである「ロビン・フッド・フェスティバル」は1985年から毎年開かれており、この時期にロビン・フッド伝説を活用した宣伝が本格化したといえよう。さらに現在では、一年をとおしてさまざまなイベントが行われる。たとえば、「ロビン・フッドの足跡に」というイベントのコピーには、

 「1248年にもどってロビン・フッドのあとをたどります。・・・シャーウッドの最も有名なアウトローの大胆不敵な手柄話を聞いて、この多彩な特色をもつ彼の緑の森の根城を訪れながら、旅する体験にあなたをお連れします」とある27)。

  また「ロビン・フッドの世界」はシャーウッド・フォレストの東方の地に野外セットが組まれ、「ロビン・フッドの物語」はノッティンガム市内のビルの中にある、というようにその位置は違うものの、両者の宣伝用コピーには共通点が多い。すなわち、伝説の場面を再現した光景(視覚だけでなく音と匂いの演出も強調される)、中世イングランドに「旅」をして、ロビン・フッドとともに「冒険」するよう求められるのである。

 カントリーサイドを指向するツーリストに対する宣伝戦略として、子ども時代のノスタルジアに働きかける試みが広くみられるという28)。上記のアトラクションは、子ども連れの家族をおもな対象にしているものであるが、大人も童心に戻るよう働きかけられるし、あるいはすすんで童心に戻ることで日常から解放されるのである。

 「ロビン・フッド・カントリー」には、このような直接的にロビン・フッド伝説にかかわるものだけでなく、カントリー・パーク、庭園、歴史的建造物、博物館、美術館、市場町、工芸センターとあらゆるものが含まれる。バイロン卿(1788-1824)とD.H.ロレンス(1885-1930)の生誕地であることもしっかり宣伝されている29)。しかしながらノッティンガムシャーを差異化するテーマは、やはりロビン・フッドなのである。ロビンの敵、政治的権力の象徴であったノッティンガム城でも、「ロビン・フッド・ページェント」が繰り広げられ、インやパブもロビン・フッドの看板を掲げて売り込みを図る。さらにロビン・フッドの洞窟、ロビン・フッドの丘、ロビン・フッドの馬小屋といった地名の伝承も紹介されている。

 こうしたカントリーサイドのテーマ・パーク化は、井戸装飾の儀礼が行われる村、ロビン・フッドの活躍した場所といったものだけでなく、史実の再現をうたった一種の時代劇が盛んにみられることからも確認できる。こうしたイベントは各地でみられるのだが、その代表的なものはイングリッシュ・ヘリテージの史跡で行われるものであろう。先述のようにヘリテージという伝統にもサービス階級は高い関心をよせる。

 イングリッシュ・へリテージとは、1984年に国から独立民営化された史跡保護組織である。現在イングランドの史跡408カ所を管理し、1996年には1050万近い人々が各地の史跡を訪れた。その史跡は都市化の影響を受けなかったカントリーサイドにあることが多く、キリスト教遺産、城・砦、歴史的邸宅、産業記念物、庭園・公園などに加えて、「ロマンチックな廃墟」と区分される史跡もある30)。ロマン主義的なまなざしをもつツーリストは魅力を感じるにちがいない。そうした各地の史跡を舞台にして、さまざまなイベントが週末に行われるのである。そのテーマは、ミリタリーものから生活史まで、例えば、古代ローマ軍団、中世の攻城戦、11世紀のサクソンの村の生活、15世紀の修道院の生活、ネーズビーからワーテルローまでの英国兵、さらには軍事車両のラリーといった幅広いものである。

 ここではオードリー・エンド・ハウス(エセックス)とレスト・パーク(ベッドフォードシャー)で行われたイベントを簡単に紹介したい。オードリー・エンド・ハウスは、ジェームズ1世の大蔵卿サフォーク伯の建造にはじまる大邸宅と風景式庭園からなる。ここでのイベントはピューリタン革命下の1647年を舞台に、軍事訓練やマスカット銃の実演に加えて、集結した議会派軍のキャンプ地が再現される。出演者はイングリッシュ市民戦争協会のメンバー。彼らは『ミリタリー・イラストレーテッド』誌の1996年度最高賞を受けている。写真9は軍隊の帰りを待ちながら食事の準備や洗濯をしているキャンプ地の再現シーン。観客は出演者に話しかけながら歩いている。 <別掲の写真へ

 一方、レスト・パークは18世紀初期につくられた36haの広さをもつ庭園である。ここで行われたのは、100年前のビクトリア女王即位60周年記念式典を模したイベントである。かつての帝国領カナダやオーストラリアからの派遣団、国内の第17槍騎兵隊展示チームやビクトリアン軍事協会など約10組の軍事訓練、さらにビクトリアン医学協会による当時の医療技術の紹介などが行われる。このイベントはすべての出演者が集結したあと、ビクトリア女王と皇太子の閲兵式が演じられて終わる。写真10は砲兵隊の訓練の実演シーンとそれをみている人々の様子。多くの観客は椅子を持参したりして、ピクニック気分で1日のんびりしながらイベントを楽しむ。

 こうしたイベントの特徴は、その出演者の大半が上記のような各種組織に属していて、趣味として参加していることにある。そしてこの種の共同で余暇活動をするような組織に加入するよって、新しい種類の社会的アイデンティティが経験されるのである。いまや訪れた先で観客としてイベントをみるだけでなく、演じる側に回って楽しむ人々も増えているのである。

 ここで取り上げたようなテーマがツーリスト一般の行動に直接的な動機を与えているかは議論の余地のあるところだが、観光を一種のゲームとして楽しみ、情報に敏感でテーマの追求にこだわりをもつ人々には魅力的なものであろう。


  • 次の章へ
  • 関戸研究室のホームページへ