2 第二次大戦後の農業の変化


 連合王国における第二次大戦後の農地の総計は、1946年の1954万haから1996年には1715万haと推移している。この間の減少率は12.2%である。1996年の農地は国土の約70%を占める。

 第1図によって、農地の利用形態がどのように推移したのかをみたい。もっとも広い面積を占めるのは、自然のままの(人為的な改良が施されていない)放牧地であるが、それは一貫して減少を続けている。輪作に組み込まれる一時的な牧草地も同様である。それに対して恒久牧草地はやや増加しており、牧草地の改良が進んでいることがわかる。耕作地は1950年代に面積の縮小をみたが、1970年代後半からは財政支援もあって面積が拡大した。しかし、近年は減少をみせている。こうした変化は、EUの共通農業政策の影響が大きい。


第1図 連合王国における利用形態別の農地面積の推移  

 1973年のEC加盟以来、共通農業政策により余剰農産物が買い上げられ、その価格が支持されてきたため、イギリスの農産物生産量は著しく増大した。耕作地面積をみれば顕著な変化はないが、農業技術の改良によって、穀類をはじめとする農産物の生産性は飛躍的に上昇し、イギリスは穀物輸入国から輸出国に転じた。近年では、過剰生産を調節するため、1992年には16万ha、1994年には73万ha、1996年には51万haの面積が休耕地(Set-aside)とされている。この休耕地が、近年における耕作地の減少にかかわっていることがわかる。

 これらの農地の利用形態は、イングランド・ウェールズ・スコットランドで大きく異なる。その差異を第2図に示した。これによれば、イングランドは耕作地が最大で、その割合も増加傾向にある。一方、ウェールズ・スコットランドでは耕作地の割合が減少している。ウェールズでは、恒久牧草地が最大でその割合も大きくなっている。スコットランドでは、放牧地が全体の7割を占めているが減少傾向にあり、それを改良した恒久牧草地の割合が増加している。いずれも輪作に組み込まれる一時的な牧草地と粗放的に利用される放牧地が減少しているという特徴を指摘できる。このことからも専業化・集約化の進展を知ることができる。

第2図 利用形態別の農地面積の内訳

 さらに、耕作地の面積がどのように推移したのか、詳しく検討する。第3図には主要な作物別の面積を示した。まず、1950年代半ばまでは、オート麦の面積がもっとも大きかったが、その後は急速に減少した。イモ類の面積も減少が続いている。オート麦に代わって著しく伸びたのが大麦で、家畜飼料の需要によって1980年代半ばまで最大の面積を占めた。1973年のEC加盟以降は、小麦面積が急速に拡大し、1970年の1010万haが1996年には1976万haとほぼ倍増し、1980年代半ばからは最大の面積を占めるようになった。EUの共通農業政策のもとでは、小麦は大麦よりも収益性に優れているので転換が進んだ。さらに、品種の改良、肥料・農薬の投下によって単位面積当たりの収量も増加しており、過大な生産余剰をもたらすことになった。


第3図 連合王国における作物別耕作地面積の推移
 

 そこで1992年の共通農業政策の改革により、穀物の作付けが制限されるようになり、休耕地が設定された。第3図にあるように、小麦よりも収益性に劣る大麦の面積の減少のほうが大きい。もう一つの近年の特徴は、アブラナ面積の急激な拡大である。共通農業政策でアブラナ・ヒマワリの油糧種子の買い入れ価格が支持されたため、1970年には28万haにすぎなかったものが、1992年には421万haと25倍に増加し、小麦、大麦に次ぐ面積を占めるようになった。
 最後に、家畜についても、その頭数の推移をみておきたい。牛と豚の頭数はゆるやかな増加にとどまっているが、品種の改良によって、牛・豚の成長は早められ、食肉や乳製品の生産量は大きく伸びた。一方、羊の頭数は急増した。これは、1980年から羊肉に関する保護政策がとられるようになって、羊の飼養が農家に有利になったことに加え、条件不利地域では家畜頭数に応じた補助金が支給されていることが大きい。しかし、過放牧の問題もあり、放牧規模縮小に対する損失が補償されるようになったので、近年の羊の頭数は横這いとなっている。

第4図 連合王国における家畜数の推移


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