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経済社会評論集

7. 「総合デフレ対策」の有効性を問う

はじめに


 このところ、いっそう厳しさを増すわが国の経済事情を目前にして、マスメディアでは、「デフレの深刻化」、「デフレスパイラル」といった問題がさかんに論じられています。当面の政府の経済政策も、「デフレの撲滅」、「デフレ克服」、を最優先しているようです。
 『経済財政白書』や一般誌紙では、デフレ(デフレーション)とは、物価が持続的に下落する経済現象、と定義されています。たしかに、物価は、昨年度まで、戦後初めて、3年間連続でマイナスを記録しました。
だが、問題なのは、はたして、現代日本の経済事情を、「デフレ」と診断することが妥当かどうか、にあるようです。物価が下落することが、こんにちの日本経済の最大の問題なのでしょうか。いや、そうではないはずです。

動き出した「総合デフレ対策」

「デフレ(=物価下落)こそが、現代日本経済の核心的な問題である」、と診断すると、これに対応する経済政策は、当然、「デフレの撲滅」、「デフレ克服」 を最優先する政策が採用されることになります。つまり、物価が下がらないようにする政策、換言すると、物価をもっと上げようとする政策が採用されます。し たがって、金融の大々的な緩和政策や意識的なインフレ政策こそが、今の日本経済を救済するうえでの最優先課題だ、という結論に行き着きます。
 ちょっとまってください。そうなると、大不況によって発生した370万人にも達する大量失業者の雇用をどうするか、空洞化する地域経済や中小企業の大量 倒産、いわゆるリストラによる従業員の大量解雇、国民の将来不安、しぼむ消費、などなどといった国民生活や地域経済あり方に深く関連するテーマや経済政策 は、現下の主要な課題ではなくなってしまいます。
 事実、本年2月27日に、政府が、経済財政諮問会議で決定した「総合デフレ対策」は、日本銀行に対して一層の金融緩和政策を要請し、さらに銀行への公的資 金・税金の再投入を含む不良債権処理策、株価上昇をねらった株式市場対策、などを骨子にしています(2002年2月28日付各紙)。
ここで注目されるのは、国民生活や地域経済に深く関連するテーマや経済政策(景気回復策)は、この「総合デフレ対策」にはまったく含まれていないことで す。この点について、新聞各紙は、「今回の対策には税制や財政で需要を喚起し、景気を直接刺激する内容はいっさい盛り込まれていない。」と報道しています (『朝日新聞』2002年2月28日)。
 現下の大不況をどう克服するか、また不況下でリスクを取らされ、困難な事態に陥っている地域経済や国民生活をどう立て直すか、などといった重要な問題は、今回の「総合デフレ対策」では、はじめから念頭に置かれていません。

デフレ問題の光と影

 政府が、「デフレ対策」を最重要課題にするのは、もちろん、はっきりした理由があります。その最大の理由は、デフレで物価が下落する事態がつづくと、財や サービスを安価でしか販売できなくなるため、企業の利潤が減って、企業経営が悪化していくからです。企業経営、とくに大量の財やサービスを販売する大手企 業にとって、デフレ問題は、赤字経営に直結する頭の痛い事態である、といってよいでしょう。
だが、デフレは、国民や消費者にとって、むしろメリットがある、といえます。なんといっても物価が安くなれば、少ない家計の支出でたくさんの生活物資が購入できます。不況で、賃金が伸びないわけですから、物価の下落は家計に朗報、ということになります。
 またデフレになると、マネーの値打ちが増大(紙券の増価)することになるので、銀行に預託した預金の金利がゼロ金利状態であっても、デフレの進展とともに、預金の値打ちは増大し、使いがいのあるマネーの状態を保っておけるようになります。
 さらに、地価も下落し、マンション価格も下落する事態が進行するので、今まで手の届かなかったマイホームも購入できるようになる、などなどです。
ただ、デフレは、企業経営の悪化を理由に、経営者がコスト削減のために、さらに厳しい賃金カットや従業員のリストラ・解雇を断行する経済背景ともなります。

バブル期を上回る超金融緩和=インフレ政策

 このようなデフレ問題の光と影をたずさえて、こんにち、「デフレ撲滅」のために、かつてのバブルの時期を上回るほどの大量のインフレマネーが日銀から供給 (マネー・サプライ)され続けています。ほぼ500兆円の日本経済の運営に必要とされるマネーの規模は、民間銀行のもとに4~5兆円あれば、足りてきたの ですが、なんとその3~4倍にあたる15~20兆円ものマネーが、日銀から民間銀行に供給されてきました。ともかくも、物価が上昇するまで、インフレが発 生するまで、この大量のマネー・サプライは継続されることになります。
 ただ、では、このような「総合デフレ対策」は有効に作用したかというと、ご存じのように、その後もデフレ状態はつづいているし、株価も地価も、上昇には転 じていません。日銀によって民間銀行に大量供給されたマネーは、民間銀行の下で滞留し、国債などへの大口投資に向けられるだけで、企業への貸出残高もマイ ナスのままです。
民間銀行は、日銀からゼロ金利によって提供されたマネーを、利子の付く国債の購入に振り向けることで、利子収入を獲得できるからです。マネーは、日銀から 民間銀行、民間銀行から政府の発行した国債の購入、といった経路を巡回しているだけで、経済活動の活性化のために、民間の企業部門、とくに大多数の中小企 業や地域の地場産業などに入り込んでいっていないのです。
 むしろ資金調達を銀行借り入れに依存する中小企業にとって、この超金融緩和であっても、銀行からお金を借りられないだけでなく、借りたお金の強制的な回収 (いわゆる「貸しはがし」)すら進んでいる、といった苦情が寄せられています。日本商工会議所の会頭は、「金融機関の貸しはがしが相当進んでいる」と強調 し、「1期や2期赤字でも剰余金があれば倒産することがないが、2期連続赤字になると金融機関は資金を引き揚げている」と指摘しています(『日本経済新 聞』2002年3月8日)。

デフレ(=結果)、不況(=原因)

 そもそも日本経済が物価下落・デフレ状態にあるのは、この間の長期にわたる深刻な不況のためなのであって、デフレだから不況になっているのではないからで す。つまり、不況が原因で、デフレという結果を招いているのであって、デフレのもとになっている不況を解決しなければ、物価の下落・デフレ状態から脱出で きない、ということになります。
 長期大不況のもとで、いつ自分が会社からリストラや早期退職、場合によっては解雇の通告を受けるかも知れないような厳しい職場の雰囲気、募る将来への不 安、といった社会状況では、消費者は財布の紐を一層固く締めることになり、そうなれば商品は売れない、売ろうとするには値下げをするしかない、といった事 態に陥っていきます。
 それだけではありません。近年の物価下落は、安価な労働力や工場団地を求めて中国などに進出した日系企業から、安価な海外商品が大量に輸入されてきて、そ れが国内物価を押し下げているからです(表ム「主要都市の投資・生産関連コスト」参照)。さらにまた、先進諸国に共通してみられる商品の世界的な供給過剰 体制、といった構造的な要因に基づいている、といってよいでしょう。商品の生産力は、科学技術の発展によっていくらでも増大していきますが、そうして生産 された商品が売れるかどうかは、消費者の財布の問題、つまり、国民諸階層の購買力(賃金水準と可処分所得)に全面的に依存しているからです。
 近年の物価の下落傾向は、地球上の安いところに進出していってそこで商品を大量に生産し、その安価な商品を本国に大量に輸入する、といった経済のグローバ ル化が進展しているもとで顕著になってきた世界的な経済現象でもあり、日本だけでなく、対外進出を行っているアメリカ、イギリス、ドイツなどにも見られる 先進国共通の経済現象です。
 デフレ問題の背景をたどっていくと、それはたんに日銀が大量のインフレマネーを供給し続ければ解決する、といった問題ではないことがわかってきます。むし ろ、これまでの不況対策・景気対策を抜本的に見直し、雇用不安・社会不安を除去し、国民の健全な購買力を引き出したり、経済のグローバル化の意義と限界を 見極めていくことなどが、1国の経済政策にとっても不可避の課題となってきているようです。

(e-mail : yamachan@edu.gunma-u.ac.jp)【やまだ ひろふみ・群馬大学教育学部教授】
『季刊 群馬評論』第91号、群馬評論社、2002年7月、掲載。  


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