越 風 句 集(An anthology of Eppuu-Haiku)
〜自然、生活、社会のことについて、俳句に定着させる試みの記録〜
今日の一句
静かさや枝折る雪の音いくつ
俳句再発見。ぼちぼち還暦を迎えようと、齢を重ねるある日、ふと思い当たることがあり、松尾芭蕉の『奥の細道』を手にとった。旅の情緒もさることながら、そこで展開される俳句の世界は、いままでになくイマジネーションを喚起した。わずか17音の中に描き出される自然や生活の営みは、表現が凝縮されているだけに、鋭く、そして豊かに訴えかけてくる。あらためて、身の回りの自然・生活・社会の繊細な変化を切り取り、それを充分に表現しきる俳句のすごさに感銘する。
300有余年来の歴史と伝統をもち、一種の定型感覚になっている17音の最短詩。この最短詩によって、なにかを表現する回路をもつことは、いままで見過ごしていた自然・社会・生活の微妙な移り変わりを深くかつ繊細に再発見することのようであり、またその感動を表現する手段を手に入れることでもあるようだ。俳句の再発見は、畢竟、新しい世界と自分の再発見でもあるように思われる。
57調の最短定型の伝統を踏まえつつ、移り変わる季節と社会の変化を織り込んだ俳句の世界を散歩してみたい。自分の生活を見つめ、身近にある自然と社会に目を向け、利根川河畔の暮らしに根ざした俳句世界を築いてみたい。
そのようなわけで、雪降る越後に生を受け、空っ風の舞う上州の地で暮らし、俳句を学び、遊び、できれば詠んでみようと思い立ち、俳号を自ら越風(えっぷう)と名づけた。ただ、はたして越風の俳号で、首尾よく俳句の世界にデビューすることができるかどうか、それが当面の課題であり、夢でもある。その後、2014年5月、公益社団法人・俳人協会会員に推薦され、会員となる。
[句評のコーナー]
真青な竹を降り来し雪のこゑ 山咲一星
ものみな枯れ、白さ際立つ冬景色のなかで、「真青な」(上5)色彩を誇示する竹への着眼は、朔太郎の謳う竹の生命力を彷彿させる。しかも、天に向かうこの青い生命力に対して、天から地に降り来し、地のすべてを白く覆いつくそうとする雪とが、ぶつかりあい、差し違えるドラマが無音の世界で展開される。
その無音の世界の出来事について、雪を擬人化し、「雪のこゑ」(下5)として読者に提示するが、もとより雪は声なき物質に過ぎない。それ故に、「雪のこゑ」は、この俳句の読者がいかようにも解釈できる。つまり、句に余韻を持たせ、句の命を読者に委ね、長きにわたる鑑賞と反芻へ道を開く。
「真青な竹」と「降り来し雪」とは、双方が斬り合う刃のようでもある。それは、この俳人の侠気でもあり、弱者への温かい視線と社会正義から容赦ない時評を繰りだす白い狼のペンの筆力に通底する。(句集『桜の国に』掲載句より)月刊俳句誌『星嶺』第67号(2014年4月号)
多喜二の忌船笛遠き小樽港 山咲一星
小林多喜二。いうまでもなく戦前のプロレタリア文学の旗手であり、蟹工船での過酷な労働現場を描いた代表作『蟹工船』は、翻訳もされ、国際的評価も高い。多喜二は、1932年2月20日、当時の特高警察に拉致され、拷問を受け、その日に最期を迎えた。
今、「多喜二の忌」を上5におく句は、とても深いメッセージを発している。リストラつづきで不安定な非正規雇用者が2000万人に達し、過酷な労働を強いるブラック企業と働く貧困層が社会問題になり、特定秘密保護法が強行採決され、多喜二の最期を招いた戦前の仕組みが息を復活させつつあるからだ。
この句を句集『桜の国に』で発見したとき、17音の世界最短詩の表現の多様性と深さを再認識させてもらった。
拓銀小樽支店の銀行員であった多喜二、かたや俳人は北海道三笠市を郷里とする。小樽港の船笛が、歴史を越えて二人をつなぎ、さまざまなメッセージを発している。(句集『桜の国に』掲載句より)月刊俳句誌『星嶺』第68号(2014年5月号)
麻酔覚め桜の国に今もどった 山咲一星
それがどんな病であれ、大病を経験した人の多くは、なにがしかの覚悟をもち、病棟を後にする。その意味では、この句は、大病を治癒し、ある覚悟をもって、桜の花咲く頃、いつもの暮らしに戻った、と解釈されよう。
だが、作者は、俳誌『星嶺』を主宰する俳人であり、その高みからすれば、このような一般的な解釈を許しておくとは思われない。
上5(麻酔覚め)は、天界を漂流していた俳人の体験報告である。手術台の上では、意識はなく、俳人であること、人であることを止めさせられた肉体だけの自分がいた。中7(桜の国に)は、その天界から、日常に回帰できた喜び、この国が平穏な桜咲く国のままに自分を迎えてくれた慶びに満ちている。この国の平穏とは一億人の花見客に象徴される。下5(今もどった)は、俳人の主宰としての覚悟を、字余りの完了形で高らかに宣言する。
かくして、27年目の満を持しての第2句集のタイトルは、『桜の国に』となる。それは、「星嶺」の会員諸氏への叱咤激励でもある。(句集『桜の国に』掲載句より)月刊俳句誌『星嶺』第69号(2014年6月号)