無差別テロと軍事行動との悪循環を断ちきる理性的行動を

        ——日本の経済学者は世界の人々と諸国家に訴える——

 

 一瞬にして数千名の生命を奪った2001年9月11日のアメリカにおける同時多発テロは全世界に計り知れない衝撃を与えました。私たちは、このテロを計画・実行した集団とそれに属する人々とを厳しく糾弾するとともに、このテロの犠牲となられた人々とご遺族の方々とに心より哀悼の意を表明します。

 多数の一般市民を殺傷することを手段として目的を達成しようとする無差別テロを私たちはけっして認めることができません。このようなテロは、社会を形成して生活している人類の総体にたいする反人道的な行為、国際的な犯罪行為であり、計画者および実行者は厳しく罰せられなければなりません。この種の犯罪を裁き罰する国際的な仕組みは国連憲章と国際法にもとづく国際法廷として存在しており、これまですでに機能しています。私たちはいま国際社会に、今回のテロ行為の計画者、組織者、実行者、支援者を、国際法にもとづく手続きに従って訴追し、国際法廷で裁き、厳正に処罰することを求めます。

 ところがアメリカ政府は、ただちにこれを「アメリカ合衆国にたいする戦争」だと宣言し、テロの主体と見なされる組織および個人とそれらの支援国家に対する「報復戦争」の準備の準備を開始し、他の諸国にそれへの同調を要求しました。ています。

 ふり返れば、この10年間にかぎってみても、アメリカとその同盟国がその武力行使によって、パレスチナとイラクで、またスーダンや旧ユーゴスラヴィアで、きわめて多くの非戦闘員ないし一般市民の生命を奪ってきたこと、そしてそれが民衆の反米感情を増大させ、無差別テロのための自爆を最高の救済だとするような狂信的意識を育んできたことは否定しがたい事実です。根源的な原因がどこにあったかを問わないとしても、ここには明らかに、軍事行動と無差別テロとの悪しき循環があります。そして今回の無差別テロがこのような悪循環の一環をなすものであることもまた明らかです。

 あの恐るべき無差別テロが私たちに提起しているのは、このような悪循環を断つための、世界の諸個人と諸国家との理性的な行動ではないでしょうか。私たちはアメリカ合衆国にたいしても世界中の人々にたいしても、「報復戦争」やそれにたいする喝采ではなくて、いまこそパレスチナで、中東で、ユーゴスラヴィアで、そして世界中でこうした悪循環を断つための人々の、そして諸国家の理性的行動を求めます。こうした立場から、私たちは、いまアメリカ合衆国政府が進めているが進めている「報復戦争」とその実行のための戦時体制の構築とに断固反対します。

 ところが日本国の小泉首相は、NATO諸国に先駆けていちはやくアメリカ合衆国政府の「報復戦争」政策に支持を表明し、日本の政府与党は、大規模テロの恐ろしさを目前にした日本の国民のとまどいを利用して、この機会に、日本国憲法の平和条項をさらに乱暴に踏みにじる自衛隊の軍事出動を可能にしようとして、周辺事態法その他の有事立法の整備を図ることを目論んでいます。私たちは日本国政府に、アメリカ合衆国政府の「報復戦争」に荷担し支援するのではなく、いまこそ、軍事行動ではない理性的な振る舞いによって軍事攻撃と無差別テロとの恐るべき悪循環を断ち切るべきことを世界の民衆と国家とに訴え、また自らの行動によってその範を示すことを求めます。またいまこそ経済大国の日本が、病院や学校を建設し医師や教育者や農業技術者を派遣するなど、無差別テロの温床となっている世界各地の民衆が置かれている非人間的状況を緩和するために最大限の方策を取るべきときであり、日本政府がそのような方向で行動することを求めます。

 ブッシュ大統領は9月22日のアメリカ合衆国議会での演説で世界中の民衆と国家とに、「自由を守る」ために「正義」であるアメリカの側に立つのか、それとも「悪」であるテロリストの側に立つのか、と二者択一を迫り、出席者たちは総立ちでこれに拍手を送りました。軍事力を背景にして「どちらに立つのか」と迫るのはおよそ理性を欠いた脅迫と言わざるをえません。そしてこれによって世界の民衆と国家とはいままさに、「自由」の名のもとに、思想および言論の自由な展開を、多様な文化の主張を、そして少数者による批判の自由を圧殺しようとする力に直面することになりました。私たちは、あの悲惨な状況ののちにニューヨークの人々が示している人間としての連帯の意識と行動や、同じニューヨークで「報復戦争」に反対する人々が多数者の白い目を恐れずに行なった示威行進にこそ、このような力を乗り越えていく人類社会の希望を見たいと思います。

 私たちはいま、世界中の諸国家に、無差別テロと軍事行動との悪循環を断つために軍事的行動ではなくて理性的行動を要求します。私たちはいま、アメリカ合衆国とその関係国がただちに「報復戦争」を中止することを要求します。

 私たちは、無差別テロの土壌となる、世界の極貧状態と非人間的な生活とを、先進国の膨大な富を生かして克服していくことができるような世界的システムをつくりあげなければならないと考えています。私たちは世界中の、とりわけ先進国の、働く諸個人に、そのための国際的な行動と連帯とを呼びかけます。

 私たちはいまあらためて、国家間の戦争や無差別テロが生じる社会的な基盤をなくすためにできるだけの努力をしようと決意しています。

 

  2001年10月8日

                              経済理論学会会員有志、371名

 

 

          世話人

           代表  柴垣和夫   (武蔵大学)      sibagaki@cc.musashi.ac.jp

               大谷 禎之介 (法政大学)   otani@asahi.email.ne.jp

               北原 勇   (慶応大学)      136kitahara@mvi.biglobe.ne.jp     

               小西 一雄  (立教大学)      konishi@rikkyo.ne.jp

               長島 誠一  (東京経済大学)  fhuran@xm.catv.ne.jp

               前畑 憲子  (立教大学)      maehata@rikkyo.ne.jp

               増田 寿男  (法政大学)      tmasuda@mt.tama.hosei.ac.jp

               森岡 孝二  (関西大学)      kmorioka@zephyr.dti.ne.jp

               八木 紀一郎 (京都大学)      yagi@econ.kyoto-u.ac.jp

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