本書の目的は、世紀の転換点に立って、激動する現代経済の新しい動向を射程に入れて日本経済の現状を解析し、その特徴と問題点を抽出しながら、より望ましい将来の展開方向について、わかりやすく提示することである。
周知のように、日本経済をめぐる環境と条件は、世紀の転換にあたって、大きな変動をみせている。ポスト冷戦と市場経済下の大競争、経済のグローバル化と情報化の急展開、バブルの膨張と崩壊ーカジノ資本主義、為替相場に振り回される景気と経済、進展する政府のリストラと「規制緩和」、「黒字大国」日本の対外進出と国際批判の高まりなど、現代経済における構造変化とシステムの改変が急テンポで進展している。他方、こうした激動の渦中にあって、より望ましい経済社会システムを求める国民の意思表示ー異議申し立てをするだけでなく、選択し創造する主権者として意思表示がみられる時代も訪れている。
現代日本経済は、こうした環境と条件変化に直面し、大きく揺れ動いている。たしかに、「経済大国」日本は、いまなお世界のGDP合計の20%近くを産出し、東京マーケットは、ニューヨーク、ロンドンとならぶ世界有数の巨大金融市場でもある。だが、経済のグローバル化が進展するにつれて、「経済大国」と「生活貧国」の二つの顔をもつ戦後日本の経済社会システムは、すでに抜き差しならない「制度疲労」に陥っていることも、繰り返し指摘されている。バブル崩壊のなかで表面化した政官財癒着の構造、不透明で不公正な各種の経済取引、官僚や政府に対する不信、大企業本位の市場経済の不安定性と増幅する各種のリスク、などは、日本型経済システムに内在する問題点を浮き彫りにしてきた、といってよい。
では、「制度疲労」に陥った従来型のシステムに代替しうる新しいシステムとはどのようなものか。21世紀を通じて、国際社会との協調を実現し、資源・環境問題に配慮した持続可能な経済成長へとソフトランディングしていくには、いまなにが問われているのだろうか。情報化や国際化の急激な進展は、こうした問題にどのような方向性を与えていくのだろうか。
本書の基本的なスタンスは、以上のような問題意識をもとに、同時代を生きる市民、住民、消費者といった生活者としての論理と視点に立脚して、「政府の失敗」と「市場の失敗」について科学的に分析し、21世紀を展望した現代日本経済論を探求することにおかれている。
方法論的な本書の特性は、景気循環論、経済政策、財政学、金融論といった執筆者の専門性を踏まえた学際的な日本経済論を展開したことにある。というのも、従来の日本経済論は、それぞれの専門分野からのアプローチに限定された狭隘な議論が多かったからである。だが、およそ一国の経済の全体像を提示し、それを体系的に分析するには、その主要な構成部門を網羅した学際的なアプローチを必要とするにちがいない。本書は、こうした学際的な方法論によって、現代日本経済にアプローチしている。
わたくしたち執筆者一同は、本書巻末において、各々の電子メイルアドレスを公開した。それは、いま、揺れ動く世界と日本に生活する同時代人として、現代日本経済の来し方行く末について、読者とともに双方向から探求していきたいと考えているからある。本書で提案されるより望ましい経済社会は、高度情報化社会のツールを駆使する人々のネットワークのなかで、より豊かに肉づけされることを願っている。また現代日本経済への「パスワード」や「文献解題」を掲載したのは、激動する現代日本経済の特徴と問題点について、より多くの人々に理解していただきたいと思うからである。
最後に、読者諸賢の忌憚のないご批判と電子メールを介した双方向での意見交換がサイバー空間に飛び交うことを期待している。
1997年8月
執筆者一同
まえがき
1章「ポスト冷戦」期における情報ネットワークの意義
[1]情報化の技術的基礎
[2]情報の産業化と産業の情報化
1)情報の産業化
2)産業の情報化
[3]情報化の経済的帰結
1)情報化と労働過程の変化
2)協力しながら競争を
2章 情報化・金融化時代の現代日本経済
[1] 日本経済の金融化の進展ー膨張する金融取引高ー
1)経済大国日本の到達点
2)低成長経済下で膨張する金融取引高
3)時間と空間の制限を突破ー情報化による金融取引の新地平ー
[2] 低成長下の高収益メカニズム
1)本業から副業=財テク、マネーゲームへ
2)企業金融(資金の調達と運用)の変容
3)国債大量発行と大型公共事業への依存
[3] 情報化社会のビジネスとグローバリゼーション
1)高度情報化社会のビジネス
2)ポスト冷戦下のグローバリゼーションと大競争
3)日本型システムへの国際批判ー21世紀への反省と展望ー
3章 迫られる経済社会の構造転換
[1] 今日の労働問題の特徴
1) いつまで続く長時間労働
2) 高まる失業率−わが国も高失業社会へ
[2] 国内産業は空洞化するのか
1) 産業空洞化とは何か
2) 日本経済の成熟の証明
[3] 転換期にさしかかった日本型市場経済
1) 日本型システムの特色
2) 再び経済成長をめざすのか
4章 男女共生社会をめざして
[1] 世界的に推進される共生社会づくり
1) 4回目を迎えた世界女性会議
2) 困難な状況にある開発途上国の女性たち
[2] 日本における共生社会づくり
1) 男性を補助する女性から自立した女性へ
2) ソフト・サービス化社会の女性労働
[3] 共生社会の未来図
1) 21世紀の高齢社会をどうのりきるか
2) ネットワーク社会をつくろう
5章 肥大化する政府のリストラ
[1]肥大化する政府
1)肥大化はどこまで進んだか
2)なぜ膨張するのか
[2]政府のリストラ
1)戦後50年の制度疲労
2)変化する政府への期待
6章 円高時代へ突入した日本経済
[1] 急増する貿易黒字
1) 加工貿易型の日本経済
2) レーガノミックスは反ケインズ主義?
3) 外需依存型の成長パターン
[2] 円高誘導のプラザ合意
1) 急激に進み始めた円高
2) 日本社会は異質なのか−ジャパン・プロブレム
3) 前川レポートの提起した構造調整
[3] 円高不況に苦しんだ日本経済
1) 円高の影響−メリットとデメリット
2)円高不況の意義
3) 輸出産業を直撃した円高不況
7章 平成景気から平成不況へ
[1] 現代景気循環の特徴
1) 景気循環をどうみるのか
2) 設備投資循環はコア循環である
3) 戦後循環史における平成景気の位置
[2] 平成景気は内需主導型の景気上昇
1) 日本は世界経済の牽引役
2) 資産インフレと大型消費ブーム
3) 盛り上がった民間設備・住宅投資
[3] 厳しかった平成不況
1) 避けられなかったバブルの崩壊とストック調整
2) この不況の特徴−「山高ければ谷深し」
3) 力強さを欠く景気の回復・上昇過程
8章 規制緩和とハイリスク社会の時代へ
[1] 金融ガリバーの誕生と投機マネー
1)金融の自由化と国際化の進展
2)金融ガリバーと投機マネー
3)経済システムと金融機関の役割
[2] 金融大国日本の来し方行く末
1)銀行の本来的業務と21世紀の課題
2)改革迫られる日本銀行
3)個人株主不在の株式市場の構造
[3] ハイリスク社会の諸相を超えて
1)カード社会の利便性と危険性
2)金融機関の公共性と規制・監督ーハイリスク社会の回避
9章 少子化時代の国民負担
[1]社会を支える国民の負担
1)国民負担の考え方
2)国民負担率:予測される増大と抑制のための努力
[2]少子・高齢社会の到来
1)高齢社会のひとつの問題
2)少子社会:高齢社会のもっとも心配される問題
[3]変化する国民負担の原則:税と社会保険
1)変貌する税負担の論理
2)社会保険料の動向と公平理念の転換
[4]21世紀の国民負担
10章 国際化時代の対外経済関係
[1] 新展開する日米金融関係
1)突出する日本の対外経済指標ー「経済大国」日本の対外的姿ー
2)市場開放と円国際化の背景
3)「双子の赤字」大国アメリカを支える「黒字大国」日本
[2] 為替相場に振り回される日本経済
1)急展開した円高ー円とドルー
2)深刻化する円高不況と国内産業の空洞化
[3] 「資産大国」と「黒字」の経済学ー悪循環からの脱出と国際協調ー
1)ドル資産の上に立つ対外「資産大国」日本
2)悪循環からの脱出と国際社会との協調
11章 岐路にたつ政府開発援助
[1]援助の理念―援助はなぜ必要なのか
[2]援助大国日本のODAの特徴
1)わが国のODAの基本的な特徴―95年のわが国ODA実績
2)地域別配分の動向
3)援助の国別配分―ODAと対外直接投資
4)多い経済インフラ、少ない食糧援助
5)援助の所得階層別配分
[3]求められる貧困克服の経済協力
12章 自治体・地域情報化と地域開発政策
[1]社会開発概念の登場とネットワーク構想
1)第1次全国総合開発計画の経済開発手法
2)新全国総合開発計画のネットワーク構想
[2]情報ネットワーク構想の展開
1)三全総の定住構想と情報ネットワーク
2)四全総の東京一極集中是正と地域情報化
[3]地域情報化政策の特徴と市町村の対応
1)地域情報化施策の目的と概要
2)市町村の地域情報化の目的とその変化
3)地域情報化施策の評価と若干の展望
13章 自立をめざす地域
[1]役割を高める地域
1)個性化時代の地域と住民
2)地方自治の理念と意義
[2]地方財政の役割
1)自治体の財源−自主財源と依存財源
2)自治体が提供するサービス
[3]国と自治体の関係
[4]21世紀の地域:新しい社会連帯の模索
日本経済へのパスワード解題
索引一覧
あとがき
執筆者紹介
本書は、経済学の研究者ではあるが、専門領域の異なる者がそれぞれの専門性を生 かしながら日本経済について分析したものである。本書の作成のために始めた研究会は、朝から夕方までの白熱した研究会であった。毎回、各人が持ち寄った原稿を誤字・脱字の指摘からはじめて、率直な議論を積み重ねた。各人の基本的な視点に大きな違いがあるわけではないが、専門分野の違いなどから微妙な意見の相違がでてくる。そのとき、意見の違いは違いとして認めるにしろ、専門的なことだから分かりやすくは書けない、という言葉はお互いに使わないことにした。この姿勢によって、本書は専門書としての性格を持ちながらも、かなり分かりやすい叙述になっているはずである。
もうひとつは、絶えず前向きに未来を見つめながら、検討を進めたことである。変化の激しい変動する経済の叙述に際して、いわゆるハウツウものに属する日本経済論が、「あたるも八卦、あたらぬも八卦」流の未来予測をする傾向が強いため、専門書は過去の分析にのみ対象を限定し、将来への視点を弱める傾向がある。本書は絶えず未来がどう変化していくのかという視点を、念頭に置きながら叙述されている。
本書は、日本経済の未来は私たちのひとつひとつの選択と、現在への関与によって決定されていくものだと考えている。私たちは、私たちがよい選択と、現在へのよい関与をおこなっていくことができると考えている。そのためにどのように考えていけばよいのかについて、できる限りの検討を加えた。そのひとつの成果が本書である。本書が、よりよい選択と、現在へのよりよい関与に何らかのヒントをもたらすことができれば幸いである。
最後に、本書の出版にご尽力をいただいた、日本経済評論社の清達二氏に、執筆者一同、心よりお礼を申し上げる次第である。
執筆者一同